他人のイケナイことは、私のイイこと♬②

前回に引き続き、今回も

「Devil's Play 悪魔の遊び」というカードについて、です。


既成概念や固定観念にとらわれていないだろうか、

人生をユーモアや自由な思いとともに謳歌していい……

そういう投げかけをしてくれるこのカードのもうひとつの大切なテーマは

「あなたの中の、本能的な欲望を解放しよう」というもの。


私たちの人生の原動力は、欲望だと言っても過言ではないと私は思っています。

しかし、欲望や欲求という言葉を持ち出すと、

急に、気持ちが後ずさりする方がいらっしゃいます。


どこかに、欲望を露わにすることはいけないことだと思っているのかな?

欲求を晒して、その即物的だったり動物的だったりの思いを通すことは

極めてはしたないと考えているのかな?

そんなことを思うとき、私はクライアントの方に、

欲望や欲求への過剰な抵抗感や罪悪感を嗅ぎ取ります。


実は、これらは案外、他の課題にも影響を与えていることがあるのです。

ダメだ。

イケナイことだ。

そう思う心には、ダメなことに惹かれる、イケナイことがしてみたい、

そんな紛れもない欲望が前提になっていると思いませんか?

様々に本当の自分の声を、聞き逃している可能性は?


否定せず、ちょっと考えてみてください。

YESでもNOでもかまいませんから(^_^)


いくつかの実例に出会った経験から述べると

「イケナイこと、ですよね?」

そう尋ねる人の心には、

「いけませんよ」と答えられたときの落胆と安心と

「いえいえ、イイですよ!」と答えられたときの喜びと不安が準備されています。


人の深層心理って面白いものですね。


私は時々冗談めかして、カードワークの最中に、

「このカードは、あなたのえげつない欲望や、

 恥ずかしいと思っている欲求にOKを言いたい

  あなたの存在を教えてくれるのですよ」と

クライアントさんに伝えることがあります。


そう言うと、怪訝な顔や明らかな戸惑いを見せる人もいれば、

そんなものは思い当たらないとおっしゃる方もいます。

そこには、おそらく、その方の固定観念があります。

(もちろん、それも悪いことではないのですが)


このカードを目の前にして、

「抑えている欲望がありませんか?」

そう問いかけたときに

「自然がいっぱいの風光明媚な所で、1人でゆっくりお茶を飲みたいです」

しばしば、こんな感じのステキな答を返してくれる方がいます。


ふむ。たしかにそれもあるでしょう。

ただし、「希望・要望」としてね。

でも、私が尋ねたのは「抑えている欲望」なのに?と違和感なのです。

全否定はしないけど、あまりに表面的で、嘘くさい、と私は思うわけです。

そもそも、「欲望」という言葉に意識的になっているだろうか、とも。


では、と、続けてお尋ねします。

「なんのしがらみもなくて、なんでも叶えられて、

 何をしても責任は負わないし、誰からも批判を受けないとしたら?」

そこまで念押しをすると、多くの方は、全く違う答を返してくださいます。


概ねそれは、とても人間くさく、生々しく、

時には笑えるような、時には切ないような、

ああ、さっきの答よりもずっと本当のこの方だな、と思えるものなのです。


そして、やはり、言葉の端々や言い終わったときの表情に、

戸惑いや恥じらうような葛藤が浮かんでいます。

その反応は、ある意味、『欲望』を意識した証ではないかと思うのです。


欲望には、熱量があります。

思い浮かべると、

胸が熱くなる、身体が火照る、頬が燃えるように赤らむ……などなど、

熱があなたの中を駆け巡ります。


欲望を意識する。

そんな熱を帯びた自分にOKを出す。

これをお読みの皆様、なさっていますか?


中には、躊躇なく「◯◯したいです!」と

こちらが「おおおおおっっ! 直球キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」と

驚きを隠せない返答ができる方もいらっしゃいます。

私は、それでいいと思っています。ある意味、健康的です。


踏み込ませていただいた結果、

これまで打ち明けていただいたことがある皆さんの欲望は

「主人を捨てて、年下のイケメンと恋に落ちたい」

「最高に気持ちいいエッチがしたい」

「1ヶ月くらい独身時代に戻りたい」

「億万長者と結婚したい」

「浮気してみたい」

「何も気にせず、好きなものを食べたい」

「湯水のように自分のためにお金を使いまくりたい」

「時間や家族を気にせず、自堕落を極めた生活がしたい」

などなど。

そして、もちろん、ここに書けないようなものもあります(笑)


中には、特定の人物に思い切り文句を言いたいとか、

ご主人の趣味のグッズを全部燃やしたいとか、

なかなか攻撃的なものもありました。

そうなってくると、本能的な部分とは少し離れてくるな、と思いますが、

その思いを吐き出すことは、大いなる一歩だとは感じます。


話を本能的欲望に戻しますが、

思うことすらイケナイと抑えていることの多くは、

恋愛関係、性的なこと、お金にまつわること、ご家族とのこと、

これらが上位を占めているように思います。


「Devil's Play 悪魔の遊び」というカードに関してレクチャーするときに、

やり過ぎて初めてわかるやり過ぎもあるという話をします。

本当にこれはマズい!というやり過ぎ例に

薬物中毒、買い物依存症、セ ックス依存、ギャンブル地獄、アルコール依存症、

そのようなものをあげて説明します。


たしかに、そういう状況を危惧する場合もあるでしょう。

だから、イケナイこと、という発想が生まれるのかもしれませんね。


けれど、私たちは、そこを踏みとどまれる意志の強さも知恵も理性も

自分が思っているよりもしっかりと持ち合わせており、

往々にしてブレーキの踏みどころを誤ることは少ないです。

それがうまくいかない場合は、自分自身との信頼という別の課題があります。

今回は、その課題は割愛しますが。


しかし、依存や中毒などの危険な場合でないのなら、

むしろアクセルを踏み込んでみることも、

人生で1度や2度、いや、3度か4度か5度くらい、あってもいいのでは?

(え? 多い?w)


「もう、どうなってもいい♥♥♥」

心震わせてそう思うことも、ありますよ。にんげんだもの。←

といっても、私たちは意外に賢明で身を持ち崩しはしないのでご安心を。

もしも壊れるときは、壊れたいときです。おそらくそれがあなたの情動です。


人にダメだよ、イケナイことですよ、と言われていることが、

果たして、あなたにとってもそうなのか。

もしそうだとしても、あなたの欲望をごまかすのはもうやめませんか?

それを罰しなくていい。

本能的な欲望は、誰しも内に抱えているものです。


欲望は欲望以外の何物でもなく、そこに善悪の別はありません。

もしも良し悪しがあったとしても、

それとは関係なく自然発生的に生じてきます。

遺伝子からの影響で生まれた情動、それが本能であり、

純度の高い欲望はそれと手を繋いでいるのです。


・好きになってはいけない人を好きになった。けど、幸せ。(•ө•)♡

・べろんべろんに酔っ払ったけど、心は解放された。

・一晩だけ結婚指輪を外して出かけた。結果、女としての自分を取り戻した。


いいじゃん、それで!


勘違いしないでほしいのですが、

私は道を外れるようなことを薦めているのではありません。

ただ、それが、本当のあなたの望みなのであれば、

それを有耶無耶にしたり無いことにしたりはしないでね、という話です。


本能的な部分と繋がっている本当の望み、純然たる思い。

そういうものが持つエネルギーはとても強いのです。

人生を変えるほどの行動の源泉になるかもしれませんし、

抑えつけたり無いこととして無視したりすることで

望まない方向に人生を歪めてしまう可能性もあるかもしれません。


今夜あたり、あなたの本能的な欲望について考えてみませんか?

希望や要望ではなく、あなたの密やかな欲望について。