名古屋旅つれづれ◆セクシュアリティとラブ編

今回、大好きなアートの世界を漂ったり、美味しいものを食べたり、

会いたい人に会ったり、行きたいところに行ったり、

そんなことだけしていたわけじゃないんですよ?

と、言い訳がましい書き出しの、氷室ユリです。こんにちは!


そうは見えないかもしれないけど、

お仕事もしてきたんですのよ、奥様。(´∀`*)ウフフ


これまで、福岡、熊本、大分で開催してきたイベント、

「超個人的な話をしよう!」のVol.4を今回、名古屋でも行なってきました。


このイベントのテーマはセクシュアリティとパートナーシップ。

私が一方的に話すのではなく、お集まりの皆さんにも大いに話していただきます。

テーマがテーマだけに、雰囲気も、話の流れもその都度まったく違い、

当日にならないとどうなっていくかわからない、そんなトークイベントです。

※ 友人曰く、「きれいな人ばっかりやん!」 たしかに!\(^o^)/


名古屋は他のエリアと少し違い、ほとんどの方が「はじめまして」でした。

その中で、いきなりシモの話を最初からドーン!といけるかいけないか、

全然予想ができませんでしたので、まずは打ち解けあっていくために、

カードワークをじっくりと行なって、

そこから思い思いにご自分のことをお話ししていただく形を取りました。


他の3つのエリアではイベント全体の1~2割ほどだったカードワークに、

名古屋では7割以上の時間を費やしたのではないでしょうか。


守秘義務があるので詳細は割愛しますが、結果的に、性のお話というよりも、

結果的にはパートナーシップについてのお話がメインとなりました。

1人で、ではなく、誰かと、大切な人と分かち合いたいもの。

根底にあったのは、そういう目線だったと思います。


誰もが、大切な人とは愛し愛されて共に過ごしていきたいと思うもの。

けれどいくら身内でも他者は、自分とはひとつにはなれない異質な存在です。

自分のことでもわかっていないことがあり驚くこともあるというのに、

他者のことはなおさらわかりません。

違いがある、わからないというのが自然、当たり前なのですよね。


ですが、本能的な欲求や性というものに対しては、当たり前がわかりにくい。

人と比べることもなかなかできないことですし、個人差があり、それも千差万別で、

自分はこうしたいけど相手は違う、とか、

向こうは◯◯を望むけど、私は△△がいい、などの不一致があるのが常。

できれば、そこを男性性と女性性という凸と凹の理論で、

うまく噛み合わせていきたいところなのですが。


だから、人は歩み寄りが必要なのですね。

そのために大切なのは、優等生的な発言ですが、やはりコミュニケーション

しかし、それが案外できていないことが多くて……

性の不一致というよりも、関係性、信頼関係にヒビや曇りを抱えた状態に。


会話が有る無しじゃないんです。

肝心な人とは、肝心な話をしようってことで。


言葉数が足りず、わかっているはず、という思い込みを作る。

相手の感覚や思考を憶測して勝手な判断をする。もしくは断念する。

なんらかの抑圧や我慢で、言いたいこと、思っていることを言えない。


そんなことになってないですか?

大切な、唯一無二の相手であるというのに、です。


このテーマは、実は、パートナーシップだけじゃなくて、

自分全体や生き方に響いてくるケースも多々あります。


思い込みというクセの影響で、事実と非事実の混同をする。

自分自身への卑下や否定というジャッジを下す。

何事も曖昧なままにしてごまかす。自分自身を、関係性を諦める。


みたいな、ね。


またパートナーシップに話を戻しますが、

このテーマは大切なのに、真面目に話すてもを軽く扱われることも多いのです。

肉体面においては、いい歳をして、と、年齢を引き合いに出されることや、

また、心や愛の問題という面においては、

惚れた腫れたなんかくだらないとからかわれたり一蹴されたりすることが

往々にしてあるのです。


世間的にも秘事的なこのテーマはタブー視されがちなので、

なんとなくぞんざいな感じにされやすいのですね。

周りからも、自分自身でも。


でもね、基本的な欲求、本能的欲望をおろそかにすることは、

その人自体をおろそかにすることに繋がるんですよね。


これは名古屋で、ではなく、どのエリアで話していても痛感しました。

自分を大切にするっていろんな側面がありますよ?

本当の自分の声、聞いてあげてください。

今回のカードワークでは、その声を聴くために

「女としての自分」というテーマでご自分を掘り下げていただきました。


そして、パートナーシップというのは1日で成すことはできないので、

時間をかけていくことが必要なのです。

それを諦めた代表的な言葉が、いい歳をして、とか、今更、じゃないのかな。


でも、私は各地で言いましたが、女として死ぬまで現役で、

チャーミングなエロばばぁでいようじゃないか、と思います。

いくつになっても、恋に落ちていい。

新しい恋人に、もしくは長年連れ添った目の前の人に再び。


それを馬鹿みたいだとか、恥ずかしいことだと言う人は、

どうぞそう思ってください。

馬鹿だとしても、恥知らずだとしても(*^_^*)

諦めて投げ出した人生より、ずっと幸せだと私は思います。


性的人間としての自分、女としての自分、男としての自分、

時には意識的になってみること、オススメします。

自分のセクシュアリティは、自分らしく満たされているだろうか。

答がNOだった人は、恥じらうことなくそれを求めることに

ぜひOKを出してあげてください。


皆さんと濃い時間を過ごしたあと、

博多に帰る前にサクッと名古屋ボストン美術館に行きました。

開催されているのは「パリジェンヌ展」

18世紀から20世紀くらいまでの、時代を映し出したパリの女性をめぐる

アートとファッション。

おほほほほほ、花の都~♬な気分になるかと思いきや、

この日のイベントの振り返りをしたいという頭が邪魔をしました。

芸術作品や当時の風潮を感じる品々や映像を見ながら、

女性たちの社会の中での位置や意識の持ち方が、

加速しながら変わっていくのを生々しく感じました。


パリの細いコルセットで縛られた古き女性像が、

ファッショナブルに、そして扇情的に変わっていくのです。

そこに、同じく

今の日本でも起こっていることをダブらせて見ている私がいました。


拒否と欲求も、そして探求も、私たちは自由にしていい。

この幸せな時代を謳歌する。

それをしないで何をするの? 

自分のために生きていい時代が来たというのに。(^_^)


あなたの本能的欲求からの呼び声に、今夜あたり耳を傾けてみませんか?