「私の時間」と「100本ブレスレット」

こんにちは、氷室ユリです。

今日の私の肩書きは、ただの人、かな。


いつか、私は死にます。

実は私に限らず、人は誰しも。

要するに時間は有限。私という存在も、皆さんも有限。


そのことをいつしかとても強く意識するようになりました。

心が縮こまりそうな恐怖を感じているとか切羽詰まっているとかじゃなく、

だから、時間を無為に過ごしたくない、という思いです。


最近、様々な訃報を耳にしまして、あらためて時間の取り扱いを考えました。

「死」をもって「生きる」を学ぶといいましょうか。

真剣に生きていくことに身を投じることに気持ちが向くと、

以前より時間の中での「曖昧」や「無駄」が減るような気がします。

もちろん、心象風景としての「曖昧」や「無駄」は今も好きですし、

それを否定しているのではないのです。


例えば、昔、私が親によく叱られた「だらだらしなさんな」ということ。

叱られなくなって、今はだらだらしてもいいじゃん、と思います。

ただ、だらだらするなら、徹底的にだらだらする。

だらだらも真剣に。(笑)


キリキリしても、だらだらしても、

心の中に、罪悪感とかもやもやを棲まわせてはしない。


加えて、私事都合で、年々自分の時間を捻出するのが難しくなっています。

だけど、やりたいことはやりたいし、仕事を辞めるという選択肢も持ちません。

だから、日々、創意工夫です。

脳味噌フル回転、気力と体力も以前より余すことなく使っているかも。


時間は捻出するものだとおっしゃる方がたくさんいます。

おっしゃるとおりですが、限界ラインがあることも体験しました。

なので、以前よりもずっと短い時間を大切にするようになりました。

時間をパズルのように楽しむ感じ。

数時間でも1分でも、とても大事な「私の時間」なのです。


移動時間や隙間時間も集まれば、そこそこの長さになります。

移動時間は概ねネット上の発信やコミュニケーションに使っています。

隙間時間はもっぱらモノヅクリや読書に使っています。

もちろん、作業内容や読む種類は選びますが。

この時間の使い方のおかげで、優先順位の付け方が

前よりも少しうまくなった気もします。


最近、隙間時間で、マクラメの結びトレーニングをしています。

手仕事はなんでも、同じことの反復練習が必須だと思っています。

できるからと言って侮れない。頭の理解と体で覚えることは別物ですから。


幾つかの決めた結び方に特化して、同じようなものを黙々と結ぶ。

大昔の野球マンガに出てきていた1000本ノックになぞらえて、

「100本ブレスレット」と呼び、粛々とやっております。

これがまた案外楽しくて、いい感じに自分の癒やし時間に。(*^_^*)

横で見ていた母が「私もほしい」と言い出し、言われるがままに仕上げ、

今日は身に着けてお出かけしております。

深い緑がきれい。ガラスビーズもいい感じです。




ちなみにこれは私の。

30~40年台の陶製のヴィンテージビーズ。確かイタリア製。

ベネチアン系の特徴的な柄。




そして、これが妹の。

使いやすい色でとのリクエストがあったので、彼女にはオニキスの64面の大玉ひとつぶ。




100本にはまだまだ遠いですね。Σ(´∀`;)


時間は有限。大切に使おう。

今日もそう思いながら、焦らず、あきらめず。

時間がないことを理由に、がんばらない、というのも選ばない。

やりたいことのためなら、やりたくないことも、「がんばる」も、

やれるところまでやれるだけ。


そんなことを胸にあたためながら、

隙間時間に紐を結んでいると、何かが観えるような気がします。