見えないはずのものが見える仕組みの落とし穴②

こんにちは、氷室ユリです。

さて、昨日の記事の続きです。


ちなみに昨日の記事はこちら。

見えないはずのものが見える仕組みの落とし穴①

https://ameblo.jp/th-yuri/entry-12328581114.html


昨日は、Aさんからの投げかけられたことまでシェアしました。

スピリチュアルブーム的な能力者2名に(そもそもこの基準が曖昧)、

ひとつのことを見てもらったら、なんと答が違った!

2人とも本物だとしたらおかしいじゃないか、というご意見&疑問でした。


占いマニアの方なんかにも同じような話をされたことがあります。

同じことを数名の占い師に尋ねて回ったら、全部答が違った、と。

ちょっと似ていますね。


でも、今回のAさんのお話が面白かったのは、

両名とも本物だ、という前提からこの話が始まっていたからです。

いい機会だと思ったので、私はそのままその話題に乗っかることにしました。


能力のレベルもあるのでしょうし、

「本物」というとても観念的で主観的な部分もありますが、

今回はそれは横において話をしましょう、

そう前置きして私はAさんとの会話を続けました。


いい機会だと思いながらも、「なんでそんなことが!?」と見つめるAさんに、

どう話そうかと一瞬だけ迷う私がいました。


昔の肩書きはヒーラーだったり、当時はチャネラーまがいのこともしていたり、

そこそこの神秘体験もあったりするはで、

だからこそ、そこに夢中になる方の気持ちがわかる部分もあります。

問題にはなっていないんだろうから、そうですねぇ、と返すだけでも

その場は滞りなく終えられるのです。

これまでも、周りに発信に敏感な方々も多いので、明言は一応避けてきました。


しかし、誰かが他人に自分の人生を委ねようとしている場面に遭遇する度に、

ラットレース的なこの感じ、もやもやするわー、と常々感じており……

目の前のAさんにもそこを伝えてしまおうか、という迷いでもありました。


Aさんに尋ねました。

「甘口コースと辛口コース、どっちがいいですか?」

才気煥発で勇気あるAさんは、即答で「大辛で(笑)」とお答えになりました。


では、遠慮なく、と返した私の話の概要が以下です。



簡単な答としては、片方が、もしくは最悪の場合は

両名が本物ではないということなのですが、

そうじゃないと仰るので両名とも本物として考えるならば、

お2人とも機械ではなく人間なのだから

結果が違うことは優にあり得ますよね、というのが私の答でした。


目に見えない世界と繋がって

(これも今回は、どこと繋がっているの?という疑問は無視・笑)

それなりのメッセージを目の前に座る人に告げるとき、

それは間違いなくその自称見える人を通して伝えられるわけです。

言うなれば、その人がフィルター、翻訳機となります。

ということは、その人の受信の精度や心理状態、知識、言語化能力、観念、自我、

その他色々なものがそこにしっかりと乗っかるということです。


上の人、後ろの人、高次の存在、天使、守護霊、色々な呼び方はあるけれど、

それらの大いなる存在からのメッセージとしているものも、

結局はすべて、触媒的なつもりになっているその人の言葉であるということです。


そこをエゴなく超えて霊的なバイブレーションを言語化して言い渡せる人は、

そんな簡単に「見える人」と称して小商いしているとは思い難いのです、私は。


神の声であっても、守護天使からのメッセージであっても、

その人の言葉、観念、エゴで表現されてしまいます。

そして、その人の知りえない要素は、伝わりようがない。あたりまえだけど。


だから、Aさんが体験されたように2人のホンモノさんそれぞれの見識が違えば

(概ね違いますね、別人だから)

本来の伝達内容は違った形で発せられることは大いにあり得ることなのですね。

そして、Aさんに言い渡されたときは、それは誰の言葉になっているのか……

という疑念が生まれなくもないです。


となると、それは見えない世界からの絶対的なメッセージなのでしょうか?

昨日の和泉さんの記事をなぞれば、

ジャンヌダルクが聞いたそれは、神の声だったのか? それとも……? 

……という核心を突いた問いかけが生まれます。


そして、このジャンヌダルクという固有名詞を
別のものに置き換えて考えてみることもお勧めします。


私はAさんが気に入ってらっしゃるその方々を偽物だとは言いません。

ただ、上記のようなことをご本人たちがわかっているか否かということは

とても大事なことだと私は考えている、とAさんに伝えました。


この世には、見えるもの聞こえるものを伝えない方たちがたくさんいます。

その人たちは、きっとそのことがわかっているのだと思います。


ついでに言わせてもらうなら、私たちが生まれてきた意味を無視して

ああしたらいいよ、こうしたらいいよって、そんな容易にぺらぺらと……

いや、百歩譲って親切心で教えてくれるにしても、

そこにある真の意図までを

その媒体になる人は伝えきることが可能だろうか……それは甚だ疑問です。


Aさんは、自分の問題をその人たちに委ねているつもりはないと仰いました。

これは何度も伺っていますし、そうですか、と毎度私は答えます。

それ以上も以下も私の中にはありません。


今後もその方々に会うに行くことに必要性を感じられるのであれば、

訪れてみてもかまわないと思っています。


ただ、今回のように問われれば、同じように問い返すまでです。

それは本当に、大いなる存在の声なのか、と。

そこに、自分の人生を重ねる価値が本当にあるのか、と。


今回の記事の作成をご快諾くださったAさんに心より感謝いたします。

また、談義いたしましょう(笑)


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