目に見えないからこそ大切にしたい境界線

先月は移動や打ち合わせ、自分自身の研修も多く、

個人セッション枠が少なめでした。

それでも私を見つけてお越しいただいたこと、

ありがとうございます。


振り返ってみると、ほとんどのご相談が境界線がらみだったことは

「境界線マスターワーク」講座のオーガナイズをしたこの時期に

タイムリーだったなぁと思いました。

言い換えれば、それほどに、境界線の問題はこの世に溢れているのですね。


ちなみに「境界線マスターワーク」に関するシェア記事はこちら。

↓↓↓↓↓↓↓↓

「境界線マスターワーク」~自立から共同創造へ~

https://ameblo.jp/th-yuri/entry-12376528342.html


今回は、クライアントさまにご了解を得て、2件ほど、

境界線の問題を実際のケースとともにシェアさせていただこうと思います。

(個人情報保護のため、こちらもご了承のうえ、

 実際のプロフィール等も脚色させていただいています)


【ケース1】

Aさんは、ご自宅でフラワーエッセンスのコンサルテーションをされ始めて、

やっと軌道に乗ってきた、とお仕事を楽しんでらっしゃるセラピストさんです。


ただ、最近、少し困ったことが……とお越しになりました。

「あるクライアントさまとのお付き合いの仕方が……」という言葉で始まった

そのお話の要点をまとめますと……


最近、ブログを拝見しました、とセッションを受けられた方が

自転車でスイスイとお越しになれるくらいのお近くにお住まいで、

ご予約に関係なく「美味しいお菓子を頂いたのでおすそ分けです」とか

「この前のセッションのことで、ちょっとだけいいですか?」とか

時にはダイレクトに「お茶しましょう」と、いきなりお越しになるようになってしまい、

長いときはお昼頃から夕方までお帰りにならない……というような状況であるとのこと。


このケース、実は初めてではありません。

程度は様々ですが、過去に数名、同じようなご相談を受けたことがありますし、

勉強会などでも、似たようなお話を伺ったことがあります。

これは、セラピストなど、その場の提供側に問題がある場合が多いです。


お話を具体的に伺っていると、どの方にも共通することがあります。

最初に時間の区切りを規定通りに告げなかったこと、

(過去には、泣かれるクライアントさんに退室を促せず、

 自宅サロンだったので、挙句、お食事まで出された方もいらっしゃいました)

クライアントなのか、友人なのか、という接し方のケジメを欠いていたこと、

そして、ケジメをつけてお話しすることで、もう来てもらえなくなるかもしれない、

嫌われるかもしれない、ケチだと思われるかも、怒られるかも、

融通が利かないと思われるかも、など、

ご自分の中に浮かぶ「非事実」の憶測や、本来の目的とずれた心配があったこと……

概ねそれらが原因になっています。


Aさんの場合は、頂き物をしてしまったことの引け目や、

相手から向けられる好意を無下にしてしまうような罪悪感、

そして、主旨からずれて流れる世間話のような話題に対し、

主導権を持って軌道修正をしないパターンを自分で作ってしまっていたことなど、

ご自分でいくつかの原因を見つけられました。


あとは、それらを解決する行動を勇気をもって実行する、ということで

納得してお帰りになられました。

Aさんにもお伝えしましたが、こういうのは、回を重ねるほどに、

どんどん道を外れていってしまいます。

ルールだらけのピリピリした中で人に接せよということではないのです。

初回からの、ご自身の立ち位置への意識があることは大前提で、

この時間は何なのか、この時間の目的は何なのか、

結局は、そのあたりを大切にすることは双方にとってのベストへ繋がることなのですね。


【ケース2】

これはケース1の延長線というか、やはり類似になりますが、

ご友人からの頼まれごとに違和感を感じるというご相談です。


ご自分がプロとしてお仕事でやっていることを、

「ちょっとだけ、いいでしょ?」とご友人があれこれと頼みに来て、

仕事にしていないうちは良かったけど、今はプロとしてやっているので、

それをずるずると請け負うことに違和感があるというお話でした。


このご相談は後日談があり、結局は、クライアントさん(以下、Bさん)は

2度ほどお越しになられたのですが……


Bさんは、ハンドメイドでステキなお品を作られる作家、兼、講師業の方。

とても緻密で美しい手芸作品を作られています。

キャリアも長く技術も確かで、作ることがお好きなんだなあと感じました。

講座も少数制で丁寧な指導をされているようで、

中には個人レッスンで足繁く通われる方も少なくはなく、

まさに順風満帆、いわゆる人気の先生のようにお見受けしました。


Bさんがお越しになって、ご友人の「ちょっと教えて」「ちょっとやって」に

辟易としていることにご自身で気づいているとお話になりました。

そして、友達なのに断ったら悪い、という罪悪感も吐露されました。

しかし、一方では、プロとして活動していることへのプライドもある、という感じ。


もしも、自分が逆の立場だったら、どうしますか?とお尋ねしたところ、

「友達だからこそ、プロになって活動するようになったことを喜んであげたいし、

 そこを理解して、有償で依頼するし習いたかったら講座に参加します……私なら」

……というお答でした。

「イコール、お友達のその方にも、そうして欲しいのでは?

 というか、そうしてもらわない限り、Bさんの中のもやもやは消えないのでは?」

その問いかけに、Bさんは苦笑しつつ「……そうですね」と仰いました。


自分にとって、もう我慢できないとなる前に、伝えること。

これを怠っていました、と仰り、いくつかの行動を考えられました。

とは言え、まだお悩みでしたので、行動のチョイスと、やるやらないは

Bさんのご意思にお任せします、ということで、その日はお帰りになられました。


その後、しばらくして、Bさんは自分のお気持ちをご友人に伝えられたようで、

結果、ご友人は講座に参加するようになり、Bさんの心の平穏は訪れた……

……ように思えたのですが……

2ヶ月ほどして、またBさんがお越しになりました。

内容は、また例のご友人の件でした。


講座に参加することで、ご友人からの「ちょっとやって」は格段に減ったし、

仕事でやっているということへの理解はしてもらえていると思う……

ただ、今度は自分が参加していない講座が終わる時間を狙ってやってきて、

相談だとか、わからないところがあるとか、で別枠の時間を取られている、と。

講座内で、とか、個人レッスンに変える?と言うと、

「あ、そんなんじゃないの。ちょっと聞きたいだけだから」と、返される。

ただ、それも10分やそこらでは済まないこともあるし、

内容によってはいい加減には切り上げたくないので、困っている……

結局は、これも以前と同じことなのでは?ともやもやする、とのことでした。


「やっぱりわかってもらっていないってことですよね」

Bさんは、ため息まじりに仰いました。

NOを伝えてたつもりでも、実際にそれが叶えられていない場合は、

NOが伝わっているとは言えないのです。


生徒の立場を利用しての無理を言われると断りづらい。

わざわざ来られているのに、時間外ですと帰らせるのは忍びない。

たしかにそういうお気持ちもわかります。

けれど、個人レッスンに来られている生徒さんを思うとフェアではないし、

なにより自分がこの形に不満があるので苦しい……というのが本心。

自分のYESのために、NOを言わなければならないこともあるのです。


行きつくところ、Bさんは「友達ってなんですか?」という問いに

ぶつかって落ち込んでいらっしゃいました。


お身内の方や友人関係は、お仕事には関わらないように

一線を引くという方も少なくありません。

カウンセラーでも、近しい関係の方の相談は別の同業者を紹介する方もいます。


友人だからこその境界線。

これは、ご自分の中にチョイスがあると思います。

お友達には何でもしてあげたい人、

プロだということを友人だからこそ理解してもらい礼節を守って関わってほしい人、

一切、友人関係は関わらせないという人、

ただ、決めたらその境界線を自分の中で違和感がないように保っていく、

それもとても大事ですね。


「友人」という基準が、これも人それぞれ違います。

友人、兼、クライアントさんだったり、先生だったり、生徒さんだったり。

お互い様ですが、その切り替えも、上手にできる人、できない人もいます。

そこに、当人同士の友情というものの在り方への共通認識、もしくは、誤認、

本当の心地よい関係性作りの秘密が潜んでいるかもしれません。


友達でいたいか、否か。お互いそれぞれにとっての友情とはどんなものか。

厳しいようですが、互いのその思いの中で、関係の形、境界線も作られています。


縁も、切る切らないだけではなく、離れたり再び出会ったりもあります。

人は変わっていきますからね。

だからこそ、コミュニケーション、伝えあうことは大切なのですね。


Bさんは、一連のことの中で、近年、ご自身もご友人も変化した部分がある、

その中で、これからのことも含め、話してみる、

そのうえで自分の生徒でいる、もしくは、やめる、は、

そのお友達の問題かな、でも、気が重いのも本心です、と仰いました。


正直な方だと思いました。


何も話さず我慢ができて、納得のうえでこのままでもいいと思ったら、

それはBさんの関係性のチョイスなのです。

その逆もまた然りですね。

ま、そもそもなぜお越しになったのかというところですが(^▽^;)


後日、Bさんはご友人と話をされた旨、メールでお知らせくださいました。

そのご友人とのやり取りの詳細に関しては省きますが、

Bさんにとっては貴重な経験になった、今は納得の形で仕事もしているし、

心地よい人間関係の中にいます、とお知らせしてくださいました。

自分にとってこの仕事がどのような大切さを持っているか、

そして、関係性への選択は互いにあるのだということも気づきました、とも。


このお話を伺ったときに、このご友人の行動に似たパターンは

案外多いのかもしれないなぁと思いました。

これをお読みになっている方の中でも、

あれ? こういうのやっちゃってるかも?(;´∀`)

……と思われた方、いらっしゃいませんか?(笑)


Bさんとまったく同じではありませんが、

目に見えないものを使って働いている方っていらっしゃると思います。

その人の技術や知識、時間を切り売りしてお仕事している方、ですね。

私の仕事もここに入るかもしれません。いや、入りますね(笑)


その職種の方に言う

「ちょっと〇〇してください」とか「簡単でいいのでお願いします」

これ、気をつけたほうがいいですよ!


あ、そのお相手の方がかまわないなら良いのですが(^-^)


ただね、想像してみましょう。

八百屋さんで、ちょっとだけこのリンゴ、齧らせてください、とは言いません。

お医者さんに、簡単でいいので診断してくださいとも言わないとも思います。

(ま、極端な例ですけどね💦)

ピカソがファンに絵を描いてほしいと言われたときの逸話も有名ですね。

ご存じない方はぜひ以下のURLでお読みください。

https://tabi-labo.com/181228/picasso-price

その人にとっては何が売り物なのか、それは要考慮です。

ま、これも関係性にもよるのかもしれませんが。


言う側も言われる側も、どこに線引きがあるのか。

見えないものに関する境界線は、ついうっかり、ということもあるでしょう。

見えないからこそ、厄介なこともあるし、曖昧になりがちです。

でも、関係性を大切にするためにも意識していきたいものです。


Aさん、Bさん、ご協力、ありがとうございました!